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高歌哄笑-古賀武夫エッセー-


平成十六年夏号「うちに来ている子はみんな立派な子です」

うちに来ている子はみんな立派な子です
悪い子は一人もいません
【親の実践の大切さ】

拝啓
梅雨明け宣言も出され、夏本番となってきました。皆様、暑さに負けずお元気なことと拝察申し上げます。

さて、6月12日の母タマ江の死去に際しましては、生徒ご父母、保護者の皆様におかれましては、13日の通夜、14日の告別式とたくさんのご列席を賜り、また、ご香料、ご供花等のご厚情を賜り、心から厚く御礼申し上げます。

母は、空手だけはやりませんでしたが、英語スピーチ、英語劇、英語日記と大活躍、英語道場、そして、地球市民の会、映画「人間の翼」のことも本当に牽引車となって助けてもらいました。
現在企画進行中の「夢の学校」にも大賛成、そして死の直前に出版された絵本「ヌチヌグスージ いのちのまつり」も世の中の一人でも多くの方々に読んでもらうよう言い残して、元気よく大いなる旅立ちをしていきました。

母について書きたいこと、皆さんに知っていただきたいことは山ほどありますが、別の機会に改めさせていただきたいと思います。

さて、親と子どもは同い年、ということは以前にも書きました。
子どもが生まれて初めて親になるわけですから、大人とはいえ、最初は親一年生なのです。子供の成長、親としての成長、お互いに切磋琢磨、育て合いということになります。子供が生まれてきたのは、親を育てるためということにもなりますし、そうであれば、親は、責任を持って、子供に負けないよう、努力して、立派な親にならなければなりません。

それは、何も親に限りません。大人は、子供の模範となるよう、立派な大人にならなければなりません。人間の世界も、猿や他の動物の世界でも、本能だけでは、社会生活を営むことは言うに及ばず、交尾も出産も子育ても、何もできないのです。ちゃんとした親や大人に育てられない子供はちゃんとした人間にはなりません。

お子さんを古賀空手道場にお預けくださる親御さんにはいつも、「親御さん自身がやってみられてはどうでしょうか」とお願いしております。そうすれば、どこが難しくて、どこが楽しい、つらいかが本当によくわかり、親子一心同体になれるのではないでしょうか。

英語にしてもそうです。何を習わせるにしても、基本的には、親ができないこと、したくないこと、夢でしかないことは子供に押し付けるべきではないと思います。

学校でも、先生が生徒によく言われるそうです。「夢を持て!」と。私は、生徒にこう言います。先生に先生の夢が何か聞いてみてください、と。

自分なりのしっかりした夢を持っていない親、夢の無い先生に、「夢を持て」と言われても、子供は大変です。しかも、「自分の夢は子供」と、自分の人生の責任を転嫁された日には、たまったものではありません。

また、人は、一人一人が、見方によっては、短所、悩み、問題を抱えています。完璧な人は誰もいません。

しかし、私の見方はこうです。一人一人が、その人にしかない資質、能力、長所を持ち、あるがままで全員が完璧!

私たちは、みんな違っています。みんな違って、みんないい。特に、うちの道場に通っている子たちは、悪い子など1人もいません。みんな立派な子ばかりです。

自分の子供だけではなくどこのうちのお子さんも、一人一人が、大きな命の海から奇跡的に存在させられているということ、それを大人が認めてやれるかどうか。私たちが、子供たちを見守り、共に成長していけるかどうかが鍵なのではないでしょうか。

大事なことは、私たち大人のそれぞれが、子供たちの理想の存在となれるよう、世のため、人のため、明るく楽しく元気よく、夢情熱感動を持って、一日一日を大切に生活を充実実践し、光り輝いて生きて行くことだと思います。

(平成16年7月13日 古賀武夫)